幼少期は賃貸アパートの2階に住んでいた。乗り車で2階の廊下で1人で楽しく遊んでいる時、よく2階の階段から転げ落ち痛い思いを何回もしていたように活発で元気な子供だった。
近所に障害を持った子がいて、同じ小学校に入学したが、自然と仲良くなり登下校や一緒に遊んだりと、誰とでもすぐに仲良くなる様な子供だった。
小学校の同級生の女の子が急に教室で嘔吐してしまった時も、自然と体が動いてその子を励ましたり掃除を誰よりもすすんで実践していたのを覚えている。
小学3年の頃、父のお母さん(祖母)が癌のため入院。お見舞いのため北海道の病院に父と母と一緒に行き病室に入り祖母と話をした。
祖母が私のためにお菓子を送ってくれたことについて「いつもお金がなくて10円の駄菓子ばかりでごめんね。」と言われ、自然と涙がこぼれた。
そんな私に祖母が「将一は優しい子だね。」とその時に言われたことを今でも鮮明に覚えている。
のちに親戚のおばさんから、「あの時従兄弟の子供の中でも泣いたのは将一(私)だけだね。本当に優しい子なんだね。」と言われたのを覚えている。
中学生になると、24時間テレビの影響か、障害のある人が5メートルでも歩けるようにお手伝いをしたいと言っていた。
その影響か体を鍛える事にも関心を持つようになり、筋トレすることがとても好きだった。体を動かすことが好きな母とよく公園を走ったり、鉄棒で懸垂などをしていた。
だが、その一方で、生まれつき持っていた不整脈が時折悪化する事があり、激しい運動をしすぎると発作が起き、大好きな運動を全力で出来なくなることもあった。
高校時代は不整脈の影響で運動がだんだんと激しく運動する事が出来なくなってきた。
動けない事で自分の体のコンプレックスが強くなり、だんだんと友達とも顔を合わせたり、すすんで話すことが苦手になっていった。
高校時代は、そんな感じではあったが漫然と医学部を志してはいた。
自分の不整脈のことで父とよく病院に行く機会が多く、循環器の先生との接触が多かったからかもしれない。
だけど医学部の壁は高く二浪した。
そして3度目の受験の時には、保健学部理学療法学科も受験した。
結局、医学部は全落ちし、滑り止めの理学療法学科だけが合格。入学をすることにした。
大学では社会人の方や様々な年齢の同級生もいて、コンプレックスのことなどを吹き飛ばすかのように、楽しく過ごすことができた。
そんな大学生活の中では、臨床実習で厳しい一面を経験した。
卒業後、最初に就職したのは大学から近いところにある総合病院だった。
教授から、加藤には一年間指導が必要と言われ、この総合病院で勤務する事になった。その時にご指導いただいたのは鬼教官だった(笑)
毎日、胃が痛かったが、この時の指導があったからこそ今があると思い感謝の気持ちでいる。
次に勤めたのが群馬の総合病院だった。
様々な疾患の患者さまのリハビリを経験した。
実際の患者さまの問題を解決していくための勉強は好きで、実際に治療の場に出てからもリハビリ、理学療法の勉強はのめり込んで行っていた。
群馬の総合病院で5年ほど経験したのち、理学療法養成校の教員をやってみないかとお誘いを受け養成校の教員をつとめることになった。
2年間、理学療法士の教員を経験した後、縁あって整形外科クリニックに勤務。
ここでは、様々な整形外科疾患の患者様と向き合うことができた。
そんな中で、機能は改善できるものの、患者さまの一番の訴えである「痛み」に対して、患者さんが本当に満足するところまでのサポートが出来ていないという悔しさも経験し、もう一回り治療家として成長するために週末の休みをフルに活用して、様々なセミナーを受講したり、スクールにも通ったりした。
セミナーやスクールにかかった費用は医学部にかかる費用と変わらないくらいかけた。
痛みを解決する方法を学んでいく中で、真剣に個々の患者様の痛みを改善するには保険診療の範疇では限界があると感じていた。
そんなある日、痛みの解決法を探す中で、たまたま銀座にある股関節専門の整体院のメソッドのセミナーを受けた。
その時に、その整体院の高崎支店をやってみないかと声をかけていただいた。これはやるしかない!と思い、一つ返事で始めることにした。
その整体院は股関節専門と謳っていることもあり、股関節疾患による股関節痛で悩んでいる患者さまが来院していた。
そして、いざ股関節痛で悩んでいる患者さまを目の前にすると、悩みの深さがとても深く、一筋縄では股関節痛を改善することが難しいことも経験した。
真剣に取り組めば取り組むほど、患者様の股関節の痛みが解決できることができてくるようになり、その時に見ることができる患者様の笑顔に生きがいを感じるとともに、これこそが自分の天職であると確信した。
そして、いつしか股関節痛で悩む患者様の痛みの解決と、さらなる股関節痛の改善方法を探求、研究、研鑽することが自分自身のミッションであり、ライフワークとなっていった。
今まで色々な患者さまの人生に携わらせていただいてきた。
そして、沢山の患者さまが改善していく姿を見て、「ありがとう」と言ってくれた。
その姿を見るたびに、私はこの仕事をしていて本当によかったと心の底から思う。
今の時代は100年時代になり、股関節の痛みに悩む患者さまは増えている。
しかし、その方々をきちんと治療出来る股関節専門の治療院はさほど多くないのが実情となっている。
だからこそ、一人でも多くの股関節の痛みに悩んでいる人を手助けしたいと思っている。
私は悩んでいる患者さんを絶対に放っておきたくない。
だから、もしあなたやあなたの大切な人が股関節の痛みに悩んでいるのなら、ぜひ私の所に相談に来てほしい。
私が必ずあなたの最後の砦になってみせる。
「股関節の痛みで悩む患者さんをゼロにする」
それが私の使命だと思っているから。
股関節専門リ・スマイル
代表:加藤将一 理学療法士

